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勢力的に活動を展開するウォルターは、1965年、アメリカの都市の生活のクオリティを問題として注目し始めますが、自身でエプコットという名前のパークをデザインしたのは、アメリカ産業の創造性を見せるためでした!
後にはフロリダ州を中心に、エプコットの他にもディズニーランド、ホテルなどを取り入れたウォルト・ディズニー・ワールド・リゾートの開発に取組みましたが、購入したのはマンハッタン州の2倍ほどにもなる、広大な敷地でした!
けれどウォルト・ディズニー・ワールド・リゾートの完成前、1966年12月に、ウォルターは肺ガンのために死亡してしまいます!
最後に手掛けた遺作「ジャングル・ブック」が公開されたのも翌年のことです!
ウォルターは漫画家、アニメ製作者、映画監督、そして実業家ですが、政治との関係もしばしば指摘されています!
熱烈な愛国主義者、反共主義者と考えられているのは、戦時中や東西冷戦中、ウォルターが自ら版権を持つキャラクターを、軍や政府に無償で提供したり、自社の労働組合と激しい対立を見せていたことがその理由と思われます!
マーク・エリオットは「闇の王子ディズニー」を出版していますが、その中でマークは、ウォルトが赤狩り時代、ハリウッドの映画人たちの思想をFBIへ熱心に密告していた、と指摘しています!
けれどジャーナリストの二―ル・ゲイブラーはその点に関して否定しており、ウォルトはノンポリだし、政治に特別関心を持つ人間ではなかった、と反論しています!
ゲイブラーは7年に及ぶ調査をして伝記「Walt Disney(邦題;創造の狂気)」を執筆しましたが、これを読むと大戦中、プロバカンダへ協力姿勢をとったのは、当時労働組合との争いや、大戦による海外市場の縮小によって、経営が圧迫していたスタジオの、生き残りのための作戦であり、ウォルターにとっては政府への協力が個人的な意義を見出した故ではなかったと記述があります!
また、戦後の赤狩り時代、ウォルターの反共的な姿勢は、労働組合がスタジオに壊滅的な打撃を与えたことに対する嫌悪感からきたものであること、そして彼が製作したミュージカル映画「南部の唄」で黒人の描かれ方から、人種差別主義者のレッテルを貼られてしまったことに関しては、製作に熱中し過ぎたことが理由で、人種問題に対する配慮が欠けていたと言及しています!
この著作はディズニー社の検閲無しに出版されましたが、ウォルト自身は、読書は殆どせず、世相に対して鈍感な面を持ち合わせていたと言われています!


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